クラウドファンディングによる途上国支援のもう一つのポイント テクノロジーと文化という2つの視点の重要性
クラウドファンディングは多くの人(クラウド注)から少額ずつお金を集めて(ファンディング)、何らかのプロジェクトの推進に使う活動です。これは金融包摂(ファイナンシャルインクルージョン)が目指しているものを体現するものであり、途上国や新興国における経済開発に貢献できる可能性を秘めていることを以前の記事で解説しました。
その中で、多くの人から少額ずつお金を集めて(少額預金)小さなプロジェクトを支援する(少額融資)というスキームを阻害している要因は高い取引コストであり、テクノロジーによって高い取引コストを引き下げることで、これが実現できるだろうことも説明しました。
しかし、高い取引コストをテクノロジーによって引き下げさえすれば、途上国や新興国において少額預金や少額融資が活性化されるのでしょうか? ことはそう単純ではありません。今回の記事では、テクノロジーという視点と共に、途上国や新興国における独特の文化や文脈、歴史的背景を考慮に入れることの重要性を考えてみたいと思います。
注:「クラウド」という単語は英語で書くと「Crowd」と「Cloud」の二つがあり、混同しがちです。「Crowd」は「群衆」を意味し、「Cloud」は「雲」を意味します。クラウドファンディングのクラウドは、群衆からお金を集める、という意味で、前者(Crowd)のクラウドです。一方、クラウドコンピューティングやクラウドサーバーのクラウドは、雲の中にコンピューターやサーバーがある(物理的な場所を意識しなくて良い)という意味で、後者(Cloud)のクラウドです。
■根付かない預金、貯金の文化
日本で銀行口座を持っていない、銀行口座に貯金、預金をしていない、という人はほとんどいないと思いますが、途上国や新興国においては銀行口座に預金、貯金をしている人の方が稀です。
これは、前回の記事でも説明したように、銀行口座の開設に高い手数料がかかったり、お金を預けても近くにATMや銀行の支店がなかったりするので、引き出しに手間がかかってしまうことが原因の一つです。この原因は、テクノロジーを用いて取引コストを下げることによって取り除くことができます。たとえば、口座の開設を自動化する、携帯電話でのモバイルマネーの引き出しを可能にする等です。
しかし、貯金や預金が進まない原因はこれだけではありません。たとえば、過去にハイパーインフレーションや銀行預金封鎖、海外送金規制等を経験している国では、「貯金しておいても仕方がない」「預金していてもいつ政府に没収されるか分からない」という風潮が蔓延してしまいます。
アルゼンチンは1988年、5000%の急激なインフレーションを経験し、国民の貯金は紙くずと化しました。メキシコでも1987年には130%を超えるインフレがあり、経済が混乱に陥りました。また、キプロスにおいて2013年に預金封鎖が行われたことは、ビットコインが注目を集めるきっかけになった出来事として記憶に新しいかもしれません。
考えてみてください。せっかく貯金したお金がパーになってしまうという経験を過去に何回もしていたら、「もらったお金は早く使ってしまった方がマシだ!」という考え方になるのは想像に難くないのではないでしょうか? こうして、マクロ経済や金融政策、政治情勢の安定しない途上国、新興国においては貯金、預金の文化がなかなか根付きません。
ちなみに、途上国、新興国において、人々はこのようなハイパーインフレーションや預金封鎖に対応する為の独自の知恵を持っています。たとえば、現金で貯金せずに金塊を買ったり、家畜を飼育したり、建材を買って自宅をグレードアップしたりします。家畜は肥えていれば高く売れますし、建材も高く売れます。家畜の脂肪や家の装飾が貯金の役割を果たしているのは、我々日本人からしてみれば驚きかもしれません。
■根強い性別役割分業観
銀行口座開設へのハードルはそれ以外にもあります。たとえば、女性が銀行口座を持つことに対する偏見です。世界の一部の地域では、女性が銀行口座を持つことへの抵抗感が強く、配偶者の許可が得られない等の原因によって女性の少額預金の機会が奪われていることも多々あります。
これは、少額融資に関しても同じことです。女性が融資を受けて事業を始めることなどもってのほか、という考え方が蔓延する地域では、女性への少額融資の機会も乏しくなってしまいます。また、女性が土地の所有権を持つことが文化、風習的に認められない地域もあり、そのような地域では女性が担保を提供できないことが融資サービスへのアクセスの障壁となっている場合もあります(土地の所有権を担保として融資サービスを受けられるため)。
■モラルの欠如
また、過去の政策の影響により、金融システムにおけるモラルの欠如が起きているという場合もあります。たとえば、一部の国では、得票を狙って選挙前に政府が債務免除の徳政令を出したりすることがあります。ニカラグアでは2010年に政府がマイクロファイナンス機関に対して、過去の融資契約の見直し命令を出し、担保の没収や債権回収の法的措置も禁止されました。
このような事態が頻発すると、人々の間に「お金を借りても政府が徳政令を出して借金が帳消しになるまで待っていよう」という雰囲気が蔓延してしまいます。そうすると、返済しない方が得、ということになってしまい、そもそも金融ビジネスが成り立ちません。
■求められる多角的な視点
上記のように、金融包摂の推進の為には、テクノロジーによって取引コストを下げるだけでは解決できない課題も多々あります。こうした課題に対しては、地道な啓発活動や教育によって文化的な規範や人々の考え方を少しずつ変えていくしかありません。
たとえば、弊社のペルー事業におけるパートナーであるKobransas社は積極的に金融教育を行っています。このような活動を支援していくことが、遠回りに見えて実は一番の金融包摂への近道かもしれません。
■経済学を超えて
従来の経済学は「人間は自分の利益を最大化するように行動する」という前提に基づいて理論を構築していたので、取引コストが下がって少額金融サービスを使うメリットが生まれれば人々は自然とサービスを利用するだろう、という立場をとっていました。
しかし、上記の様に、特に途上国や新興国においては経済合理性のみで人々の行動様式は決まらないことが多々あり、現地の風習や文化、思考方法を考慮に入れることが求められます。経済学的視点だけでなく、人類学的な視点も必要とされるということです。
以上、投資型クラウドファンディングを通じて世界のお金の流れを変えるクラウドクレジットでした。
参考文献:
Center for Financial Inclusion Blog: Ley Moratoria (Moratorium Law) Passes in Nicaragua
Universal Postal Union: Gender and financial inclusion through the post
International Monetary Fund. World Economic Outlook Databases
この記事は株式会社ナビゲータープラットフォームが運営する投信1に掲載されたものです。